堺意外史

Vol.30 戦争が始まった弥生時代…四つ池遺跡

 最近(2002年3月)、高知県土佐市の縄文時代晩期の遺跡から、矢で射られたり、刃物で切られたり痕跡のある人骨が見つかったと報道された。戦争は、環濠に守られた集落や金属製の武器が出現する弥生時代に始まったと言われていることからすると、弥生時代への過渡期の縄文晩期に、戦争が始まっていた可能性を示すものと話題が広まった。むしろ、摂取・狩猟・雑穀栽培の縄文人への、土地の占有・水田開発を進めていこうとした新しい文化を携えてきた弥生人の仕掛けた戦いの跡かもしれない。

 しかし、日本における本格的な戦争の始まりは、やはり稲作水田耕作が広がった今から2千数百年前からであろう。水稲栽培と定住がすすみ、階層分化が始まり、現在の日本文化の原型を形成したと教科書で教えられてきたが、必要になった開発の強力な組織力と余剰生産力・富の蓄積と奪取から戦争が始まったことはあまり触れられていない。

 日本列島における人類の活動は、60万年にもさかのぼる旧石器時代前、中期の石器捏造事件によって、今また3万年前に戻った感があるが、それでも戦争はわずか2千数百年前からの歴史にすぎない。歴史的に発生したものは歴史的に消滅させられるはず。人類生来のものでないことを明確に教えるべきである。

 隣の和泉市と泉大津市にまたがる弥生時代の大規模な池上曽根遺跡がよく知られるようになったが、それに匹敵する四つ池遺跡(現・浜寺中学校周辺地域)が戦前から明らかであった。石津川下流域で水田開発をすすめ、大集落を築いていた。今なお、遺跡整備があまり進まず、資料館もない。

(JR阪和線鳳駅から北へ約1.5km)

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