堺意外史

Vol.20 十輪寺のかわいい地蔵さん達
        室戸台風の高潮で116人の学童と教員2人が犠牲に

 最近は、大阪を直撃する強力な台風を経験していない。20世紀中の100年間で堺が大きな被害を受けた台風は、昭和9年(1939)年の室戸台風と同25年(1950)のジェーン台風であった。特に、室戸台風は早いスピードで大阪湾を北上、9月21日朝8時、阪神間の深江付近に上陸、この直前、気圧は715mmにも下がり、瞬間風速60mを越えていた。

 

 沿岸一帯は高潮が荒れ狂い、人はもちろん動物・船・車などの別なく、地上にあるものの全てを飲み込み、当時の市域の三分の一は阿鼻叫喚の巷と化した。その凄惨な様子は言語に絶する光景だったと伝えられている。被害者4万5800人・死者339人の被害記録が残っている。このとき、ちょうど学童達は登校途中か、登校したばかり。暴風により、各小学校の木造校舎など町の建物の多くは大破し、大きな犠牲を出した。なかでも教員1名と55人の学童を失った三宝小学校の惨状と教員の必死の避難誘導活動の様子が、同校の校史ともいえる『三宝の歩み』(昭和53年)だけでなく、『堺市史続編』(同40年)にも記録されている。

 

 校舎の屋根瓦が木の葉のように舞い飛び、ガラス戸も粉々に、講堂は天井が吹き飛ばされたが、比較的安全な一階の校舎にやっと避難させ、少し風が弱まりかけたところ、突然、3mもの高潮が押し寄せてきた。急遽、教員達は、東方の錦西小学校へ向かって大急ぎで誘導、最後尾から足をさらわれて倒れる子供たちを幾度も幾度も助け起こしながら必死に避難させていたが、背後から押し寄せた大波にとうとう押し流され、55人の学童と共に栗山先生が肩まで水に浸かっていたのを見掛けたのを最後に行方不明に。残りの学童はなんとか錦西小学校と七道駅に逃れついた。

 

 この惨事はいつまでも忘れられなかった。九間町東3丁にある十輪寺には三宝小の犠牲になった学童55人をはじめ、錦小38人、湊小14人、錦西小3人、少林寺小3人、南旅篭小2人、錦綾小1人、計116体の小さくかわいい地蔵さんと先生と思われる大きな地蔵さん2体(三宝小、錦小)にうしろから見守られているように、一体づつ石に刻まれて、祭られている。


(十輪寺のかわいい地蔵群)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、66年前のこの惨事を覚えてる人は今や少ない。一体ごとの地蔵さんは、それぞれ表情やしぐさが実に可愛い。寄り添い、語り合い、手をつなぎ、本を読んでいる。まるで、あの世で今でも元気に生きている様である。
(阪堺線・神明町電停から東へ約200m)

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