堺意外史

Vol.13 「反正陵」の伝承が伏せられたにさんざい古墳
          〜召し上げを恐れた村民の抵抗〜

百舌鳥古墳群中、大仙(だいせん)古墳(仁徳陵)、石津が丘古墳(履中陵)に次いで3番目に大きい、にさんざい古墳(墳丘長290m・5世紀末築造)は前方後円墳の墳丘と周濠・周庭帯とも端正な姿を今日でもとどめており、古墳の典型的な姿をしている。

 

 昭和51年の調査で濠外の周庭帯上で二重目の堀が見つかった。宮内庁は明治以降、墳丘のみを被葬者不明の陵墓参考地として管理してきたので、主体部の構造や副葬品は分かっていない。ところが江戸時代の『泉州志』をはじめ地元資料の多くが「反正天皇陵」との伝承を伝えている。しかし、宮内庁はここから約3.5kmはなれた堺東駅近くの田出井山古墳(墳丘長148m)を「反正陵」として祭祀・管理をしている。

 おもしろいことに、田出井山古墳のある旧中筋村の歴代庄屋を勤めた旧家の資料(宝歴9年・1759年)によると、「元禄期の陵改めが行われたとき、にさんざい古墳を所持していた土師村の村民が「反正陵」の伝承があるにもかかわらず「御林(おはやし)」(幕府管理)になることを恐れて、そんな伝承はないと申し立てた。現・反正陵は王仁(わに)墓で天皇陵ではない」と主張している。どちらかといえば旧中筋村の主張が妥当であるが、両村とも周濠の水をかんがい用水として水田耕作に利用してきた立場から幕府側に召し上げられることを懸念してお互いに伝承を操作した。このように、現・天皇陵は築造以来連綿として祭祀や管理がされてきたのではない。


にさんざい古墳
(南海高野線・中百舌鳥駅から南西へ1km)

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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