堺意外史

Vol.09 攘夷思想が暴発
          ― フランス兵殺傷の「堺事件」 ―

戦国動乱期、不安と不信感にさいなまれた豪商たちが、次々寺院建立に私財をなげうったり、堺沖で横行した厭世投身自殺。この現世で争いと不信を文化の面で払拭しようとしたのが、千利休が追い求めたわび茶の世界ではないかと思われる。

わび茶の世界を始めた村田珠光、さらに武野紹鴎が南宗寺の大林宗套に参禅して禅の教養を身につけた「茶禅一味」の観念を打ち立てた。
利休は、それを受け継ぎ、極端に狭い二畳台目の茶室で客と亭主が、膝を接するような出会いに「一期一会」「和散静寂」ということを重んじた。これはまったく、戦国乱世の「戦・嫌・濁・騒」に相対称する言葉である。

あの狭いにじり口へは、おおいばりで裃をつけ、刀を差して、とても入れない。腰をかがめて静かに入る。身分や地位が止揚される。中では、客と亭主が目の前で袖が触れあいそう。互いが信頼し合わないともっとも危険な空間である。
亭主は客の目の前で茶を点てる。毒の入れようがない。しかし、茶室内の凝縮された緊張感で、一対一のもてなしのコミュニケーションが生まれる。
戦国動乱のすさんだ人間不信を止揚し、人間社会のあるべき未来を見せようとしたのではないか。今、いつまでも経済成長ばかりを追い求め、乱世に落ち込ませるのか。利休とは利益追求を休むということではないか。

(千利休像・阪和線百舌鳥駅西、堺市博物館前)

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