堺意外史

Vol.08 取り残されたサル島
          ― 大浜公園内の水族館跡 ―

1961年(昭和36年)の第二室戸台風で被害を受けたことを理由に、かつて東洋一とうたわれ、戦災も危うく逃れた大浜公園内の堺水族館が閉鎖となり、付属の動物園舎のゾウ・ラクダ・アシカや各種の鳥類が他園に次々と引き取られていった。唯一サル島のサルたちだけがとり残されてしまった。
この頃、かつて白砂青松の大浜から浜寺にかけての海岸2270ヘクタールを大阪府が埋め立て、鉄鋼・造船・石油精製・発電の重化学工業中心の臨海工業地帯造成の事業に堺市が積極的に協力、人口100万人の国際工業都市を目指していた。市東部や南部では、新金岡、泉北のニュータウン造成が進められ、臨海工業と大阪市のベッドタウンと称される都市へと変貌していった。
明治維新以降、堺市は瀬戸内気候区の穏やかな明るい海辺を生かし、海水浴・魚釣り・潮干狩り・納涼などを楽しめる海浜公園、観光料理旅館街、水族館、潮湯、公会堂、少女歌劇場、運動場、遊覧飛行に別荘・ホテルなどが設けられ、近代アーバンリゾート都市として、全国にその名が知られていた。
なかでも、堺水族館は明治36年の第五回内国勧業博覧会に際して設置されたわが国の本格的水族館の第一号ともいわれ、子供から大人まで人気の的であった。
しかし、戦後20年間にわたった戦災復興事業にもその復活は取り上げられなかった。臨海工業地帯造成が決定される直前の市長選挙では、文化都市再建を掲げた現職が敗れ、戦前に引き続き工業立市を標榜した候補が当選し、その後16年間市長を勤めた。

 

(南海本線堺駅南口から西へ約600メートル)

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